オンドゥーラス好きが展開する気ままな話題


by HONDURAS1
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<   2007年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

Camino a Espana

jueves,22 de marzo hace poco frio por la Estonia
昨日、エストニアのタリンにフェリーが到着したのが午後10時。それからホテルにチェックインして、靴下下着上下の3点セットを洗濯入浴の後就寝は1230。の予定だったが室内で無線ランが通じたのに気をよくして、2時半過ぎまでネット残業してしまう。

翌22日、何とか天気が持ちそうなので、タリンの旧市街散策に思い切って下駄で出かける。やはり寒かった。と言うより石畳と坂道を歩くのに難行、その上かなり下駄の歯を減らしてしまった。3月7日、名古屋の高島屋の和風雑貨売り場で買った8500円也の下駄。何とかスペイン入国までそれなりの形を残しておかなければ。

そんなわけでいささか風邪気味、疲れ気味。鼻をずくずくしながら中世都市の町並みをカメラに、ビデオに、自分の目と心象に記録して歩く。まあ、印象はドイツのロマンチック街道の街々とほとんど同じ。後で地球の歩き方の解説を読んだら、街造りのほとんどは当事のドイツ人が中心だったとか。納得納得。遅めの昼食後の時間をもてあましての時間つぶしのブログ記述もそろそろ終わりにして、バスターミナルへ。また、下駄から靴に履き替えて、ラトビアを通過一気にリトアニアのビリニョスへと、深夜のバス移動。

無線ランのおかげで、久しぶりに日本語記述日本語読みが出来て日本といろんな意味で連絡が取れた日。良かったのか悪かったのか。大過なく旅は続く。またまた今日も両替、金の使い道にちぐはぐが目立ち、いまいち締まらない旅下手の日々が続いた一日。
シャクだから!?オルガの艶姿をpcの壁紙に。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

この時点での万歩計指数。
0323 01781・・・まだ日本時間夜中の3時での指数。
0322 24157
0321 12358
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by honduras1 | 2007-03-23 02:43 | Espanol

Camino a Espana

miercoles,21 de marzo hace cielo por la helsinkui
午前十時ロシア無事脱出!入国以来懸念していたロシア出国の諸々は杞憂。なんのお咎めもなく、荷物チェックも言いがかりも一切なく、スーツケースに触ることもなく拍子抜けするほど簡単に通過。滞在ホテル利用・交通機関の確認すらなし。「地球の歩き方」記載の諸々の心配の類はいったい何だったのだろう。フィンランド官憲のお調べも、今夜どこに泊まるのかの一件の質問のみで、ちょースムーズ。もっとも麻薬犬らしき大型犬が車両を歩き回っていたが。そんなわけで、11時頃フィンランド入国。1230予定通りヘルシンキ着。時間が1時間遅くなるので実質5時間の列車の旅。シベリア鉄道の6泊7日に比べれば瞬く間。

・・・と、ここまでは超順調だったが、ヘルシンキ着以来はちょっととまどいの連続。3月下旬からの高速船で夕方までにエストニアのタリン入国とのもくろみは見事に崩れ、夕刻6時半の一般のフェリーに乗ることに。本日3月21日は未だ3月下旬ではなさそうで、現時点での運行は一般フェリーのみらしい。ヘルシンキ駅下車以来、おじさん、若者、&男性女性数人にタリンへのフェリー乗り場をブロークンイングリッシュで訪ねたあげく、結局親切なタリンから来た若者に案内されたトラムで来た港は、若者の善意とは裏腹にスットクフォルム方面!?結局半島の反対側のフェリー乗り場までタクシー10ユーロ。その前のトラムが4停留所で2ユーロだったから、それほどぼられた訳でもないだろう。そんなこんなで1347,やっとの事でタリン行きの乗車券をクレジットカードで入手。タリンまで25ユーロ、1ユーロ150〜円とすると約4000円ぐらいか?そして乗車まで4時間余待合室のカフェテラスで、時間をつぶす方法を考え市内に戻るのも億劫で、pcを取り出しこの旅日記となった次第。ただいま午後3時10分、まだ3時間ほど乗船開始まであり時間はたっぷり、過去の旅日記の検討も含めて十分時間はある。その前にこの待合室に無線ランの環境があるかと、試みてみたが繋がらなかった。名古屋で買ったデジカメのpc接続&付属CD-Rインストールなども試みルことで何とか時間はつぶせそう。

martes,20 de marzo hace buen teimpo perro hotel S,Petorobulug muy mal
万歩計指数、万歩計は日本時間のままに夜12時で日付が替わるが、ロシアの各地時間への一々の適応は面倒なので省き、昼夜がずれていてもそのままに記す。
0320 28239
0319 37448
0315 06349
0317 06515
0316 04926
0315 02963
0314 05697
昨日の下駄での赤の広場散策は、ミゾレ交じりの天気が昼直前一向に良くならず、ついに断念。限られた時間の中で、赤の広場・クレムリン、グム百貨店周辺を散策。革命の聖地赤の広場のあまりの狭さにがっかり。あの60年代70年代にニュース等で見たあの軍事パレード永遠に果てしなく続くかに見えたのは、見る側の勝手な思いこみが空想の広がりを演じていたにすぎなかったのだ。この程度の広場で行われていたのかと、今更ながら実際に見るのと映像との違いをまざまざと実感させられた。そしてさらにがっかりさせられたのは、毎年そこで社会主義の総本山のお歴々が立ち並んで世界の半分を睥睨していたかに見えたかのひな壇というのが、またなんとも小ぶりなこと。せいぜいバブルなころの日本の多磨霊園あたりの金満家のお墓を一回り大きくした程度。また、ディズニーランドのチョコレートのお城と言った感じのクレムリンも昔日の威厳もなくまさに漫画的。それに引き替え、グムデパートのショッピングモールの洗練さと賑わい、ショッピングする側のセンスもなかなかで、お台場や六本木のショッピングホールも負けそうなくらい!それよりなによりのびっくりは、そのグムが首脳が立ち並ぶひな壇と赤の広場を挟んで対峙していることだった。誠に、資本主義の勝利をこれほど如実にと見せつけている光景は他に類を見ない。けだし歴史と事実は悲愴と言うべきか!?夕刻、宿舎のホテルコスモスで、KITAZIMA君と再会。彼とは妙に縁がある。早速中華料理店で寿司と刺身!?の夕食でムイビエン!2900ルーブル。

本日早朝8時前、無事サンクトペテルブルグ到着。ロシアの列車は意外に正確。一時間半ほど掛けて歩いて着いた、ホテル・サンクトペテルブルグはなんとも悲惨なホテル。ロシアで泊まった3件の中で最低。エアコンなし、家具調度は使い古しのがたがた傷だらけ。バスタブや洗面所のお湯や水はいつまで流し続けても赤茶けたまま。何度やっても同じで水回りのひどさは、限界を超えるひどさ。全体が賞味期限を10年以上過ぎた落第欠陥ホテル。これで15000円はいかにも高い。3500円ぐらいが適当。まあ、清掃のおばさんたちの素朴な善意だけが取り柄。そのおばさんにしてもかなりの年と肥満で、動きがかなり緩慢なのがいかにもロシア的。遅かれ早かれリニューアルは必至、それでなければ廃墟が必然のホテル。大はずれのホテル。
明日はいよいよフィンランド入り、無事のロシア出国とエストニアへの高速フェリー間に合うことを祈るのみ。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

lunes,19 de marzo hace no buen tiempo por la mozcuva
昨日午後6時前、ついについにあこがれのモスクワに到着。そこで早くも大失敗!メトロの乗り方を聞いただけだのに、ご丁寧に地下鉄を乗り継いでホテルまで案内してくれた、ウズベキスタンの青年、最後に申し訳なさそうに手を出す。やっぱり!指さしロシア語会話で1000ルーブル。タクシーで来れば1500〜2000と聞いていたので、みすぼらしい青年の身なりと遠慮がちなはにかみ顔ほだされ、ついつい払ってしまう。直後に日本円でで換算すると5000円。おかげで夕食代がふいになる。去年のメキシコのタクシーの時と同じ、全く学習効果なし。願わくばあのウズベキスタンの青年の未来が明るいように、そうなってくれれば私の5000円の出費も世界の未来に貢献!とは負け惜しみか。コスモスホテルはニューオタニ旧館を3倍ぐらいにしたような大ホテル。例によってチェックインとのロシア的もたもたと、パスポートの官僚的扱いにいささか腹が立ったが、今朝の朝食のメニューで半分ほど帳消し。本日は下駄での赤の広場散策に挑戦。一週間ぶりの入浴に使ったスタブは、石原裕次郎主演「太平洋ひとりぼっち」の湯船そのままに垢だらけ。モスクワの地下鉄のエスカレーターは言われているほど早くない。日本のそれの1、2倍程度。しかし、深度はかなりのもので平均的に日本の3、4倍一気に2、300mを下り、その先の通路はまた数百m歩き、さらに100m以上下る。その長大な3列のエスカレーターを利用客の群れの大きさは壮観。ただ宮殿のような・・・、というのは昔の話、出来た当事からかなり経年劣化、メンテナンスが追いついていないみたいでほころびが目立つ。

domingo,18 de marzo hace buent tiempo todo los dias ,tambien hoy
シベリア鉄道7日目、本日も全線快晴なり。実は昨日のカテリエンブルグは曇&天みぞれだった。4時間ほど前キーロフを過ぎついにモスクワ時間・つまり時差なしとなった。と同時に現時刻朝8時、旅程も1000kmを切り残すは僅か数100キロ・・・と言っても東京〜大阪ほど・・・日本を出て10日、八王子を出て12日、とうとうロシヤの首都・いにしえのソヴィエト社会主義共和国連邦の首都、50〜70年代の若者の目を狂わし、20世紀を惑わせた社会主義のメッカ・モスクワが今、目睫に迫っている。1945年生まれ、60年安保と70年安保の谷間の世代としては感無量である。あのフルシチョフがコスイギンが分厚いコートを着てひな壇に立哨、革命記念日の戦車やミサイルのパレードを検分したあの赤の広場を、数時間後に自分の目で見ることが出来るのである。あのソヴィエト連邦がなくなっちゃうなんて・・、20代の自分が夢想だにしなかった現実を今自分の目で確認できるのである。往時茫々、人も正義も一つとして不易なるものなし。行く川に浮かぶうたかたに似て、かつ消えかつ生じるはかなさ。
また、オルガと小生の冷戦はつかの間の旅のいたずら、その後共によく食いよく戯れ笑いかつカメラに納め納められ、きわめてムイビエンな経過を辿ったよし。モスクワ・ヤロスラヴォリ駅頭での涙の別れが今から思いやられる。かもまた人生なり。別れろ切れろは芸者の時に言うものよ!しばし脱線!何とか電池切れまでここまでカキコ出来て万々歳(*^_^*)。後はモスクワのホテルで充電後。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

sabado,17 de marzo hace buen tiempo todo los dias,hoy tambien
シベリア鉄道6日目、本日も晴天なり、本日も窓外は雪景色なり。昨晩、同室のオルガとちょっとした冷戦。彼女幾分冷え性?気味!よって小生と部屋の戸の開け閉めにていささか見解の相違あり。車内の暖房は小生にとってちょっと暖めすぎ、多分20℃ちょっと。彼女はパジャマ一枚下は短めのスカートのみとあって、それぐらいがちょうど良いみたい。小生に汗ばんでくるときは時折戸を開け放って、廊下の冷気を入れるとちょうど良い。それが彼女には気に食わず時々ばたんとこれ見よがしに閉める。しばらくして頃合いを見て私がまた閉める。そんなことが一日で数回。62歳と二十歳(多分そのぐらい)の意地の張り合い。それに年齢差は、就寝起床時間にかなりずれ伴い。その辺も双方の気遣い疲れもあって、やや彼女の小生を見るめが険悪に。一夜明けて数時間後冷戦解除デタント!雪解けの特効薬は明治のアーモンドチョコ数粒。やはりというか、高さ3m弱三畳ほどの部屋で、50cmほども隔てていないで相対するベッドで24時間、6日間も寝起きをともにしていると、双方のちょっとした仕草・行動がストレスに。ましてや彼女はロシア語、私は日本語と全くの別世界からしか双方が見えない。それもこれも旅の功罪、シベリア鉄道の生涯忘れがたい思い出になるだろう。・・と、ちょっとばかり観賞気味。モスクワとの時差は3時間。3月7日八王子を出て以来、1日数十ページずつ読み進んでいたジェフリー・ディーヴォーの「ボーンコレクターついに読了。と同時に、明日からの無聊を慰める手段をなくしてしまった。とりあえず、名古屋で買ったデジカメのマニアルでも丁寧に読み返すか。まだ地球の歩き方「バルトの国々」を読み始めるのは早い。サンクトペテルブルグあたりからで十分。

viernes,16 de marzo hoy hace buen tiempo,tambien
KITAZIMZくんがいなくなって初めての日、一人旅が当然と心得ていても一抹の寂寥。10月の再会を楽しみに旅を続けよう。ウラジオのホテルで見かけた数人の日本人とは不思議に縁がない。「地球の歩き方・シベリア編」を手にしていたので当然車両内の通路、食堂車、今まで降りた数駅のどこかで遭遇するはずだったのに、わたしだけでなくKITAZIMAくんも見かけなかったし乗っていないようだ。もう半分以上来たのだし、後モスクワまでは完全に一人旅となりそう。同室のオルガとの限られたロシア語の会話だけでは、ますます退屈しそう。オルガはKITAZIMAくんの見立てによると自分より若いとのこと、と言うことは二十歳前後。この狭いシベリア鉄道のコンパートメントで相対して寝起きをともにして6泊7日、二十歳前後の女性との同行は幸か不幸か!?いずれにしても、御年62歳の小生には今まで経験したことがない得難い体験。今後死ぬまであり得ないだろう。彼女はロシア女性の水準に照らしてみてもなかなかのグラマー。これ以上ふれるとスケベ親父の心底がが透けて見えそうなので・・・。ここまで(クラスノヤルスク)でウラジオから5194km。モスクワまで後4000km余。50数時間。時差を3っつ消化してモスクワとの時差は4時間に。

jueves,15 de marzo todo los hace bueb tiempo pero mucho furio
シベリア鉄道4日目、本日の夕刻イルクーツクにてKITAZIMA君とおさらば。彼とは伏木港の9日以来8日間のつきあい。船上二昼夜、ウラジオストック散策2昼夜、そしてこのシベリア鉄道で4日、良い付き合いだった。22才と62歳、適度にお互いの人格とお互いの世代を尊重し合い、最低限の距離を置きつつよく話し合った有益な8日間だった。彼との最後の午餐での食堂車、小生いささかウォッカを飲み過ぎダウン、肝心のイルクーツク駅頭での涙の別れを実現できなかったのは誠に残念無念。とはいえ、この手の失敗は今までの旅にもよくあった想定内。イルクーツクでやっと4000km、シベリア鉄道の旅は後5000km。まだまだ続く。来島君はイルクーツクで一日過ごし小生と1日遅れで後を追うが、スケジュール的にはもう会えないはず。22歳!若き彼の旅と前途に乾杯!!老残の我が旅・・・Camino a Espana・・・は未だそのプロローグの半分を消化したにすぎない。本日午前途中下車してかいま見た駅頭での温度計表示はマイナス10℃。今のところ想定よりかなり暖かいシベリアの旅。とはいえ、全湖凍結して延々200km目にしたバイカル湖上の雪原は眩しかった。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

miercoles,14 de marzo hace buen tiempo todo el dia
シベリア鉄道3日目の午後、なんとも退屈な一日。3日目と行っても終日走り続けている車内の身にとっては、どこからが三日目になるのか感覚的に捉えにくい。ウルシャからエロフェイ・パヴォーロヴィッチあたりで夜が明けたので、その辺からが三日目と言うことになるのだろう。限りなく続く雪景色はさすがに見飽きる。楽しみは食い物と、読書と会話。会話と言っても同室の・・・信じられないことに20代の女性・・・は英単語もままならず。指さし会話のみですぐ行き詰まる。後はトイレ以外ただ寝るだけ。現時点でウラジオスットックから40時間余り、距離にして約2500km来たあたり。これから7000km弱、四昼夜ほど掛けてモスクワとなる。お湯は24時間で重宝だが、あらゆる電源の充電が出来ないので、このパソコン日記も交換したばかりのバッテリーの残量(正味1時間半前後か)でモスクワまでの旅路を持たせなければならない。昨夜7時頃、30分の停車在官を利用して買い物に出た、ベロゴルスキ駅はマイナス3℃と意外に温かかった。ピロシキ5個50ルーブル、ソーセージ1本50ルーブル。

martes,13 de marzo nieve a las siete y media por la manana
シベリア鉄道2日目の朝、窓外は一面の雪景色。今まさにタイガとツンドラの地を列車はモスクワへモスクワへと西進している。
車内のコンパートメントの摂氏20度の世界と外界のマイナス20度を隔てるのは数センチに満たない二重窓のみ。
これからの6泊7日の長い道のりと、それ以上に長いこれまでの準備と思い描いていた来し方を想起して、ただただ呆然と流れゆく景色を眺めるのみ。
ああシベリア、その大地が文字通り眼前に広がっている。

lunes,12 de marz buen tiempo pero mucyo furio
ウラジオストック2日目、本日も風強く寒い。昨日行き損ねた観光名所を2,3訪ねる。と言っても残雪が凍った悪路に足を取られながらの散策。
そんななか、実物の潜水艦の内部を見学中襟巻きを紛失。今日初めて本格的な寒さへの寿日として、スーツケースの奥から引っ張り出したばかりなのに。
寒さが一塩(ひとしお)老体にしみる。シベリア鉄道の車内はともかく、モスクワに着いたら購入は必至かも・・・。
その後「七人の侍」にてにぎり寿司に$100ほど散在。ホテルで列車待ちの時間をつぶす間、インターネット。
例によって、自分のhttp://www2.ttcn.ne.jp/~Hondkai/の伝言板と、http://honduras1.exblog.jp/にローマ字で短文を記す。
名古屋のスペイン語の会であった人からhttp://honduras1.exblog.jp/にカキコしてあったのは嬉しかった。
夕刻8時前、重いスーツケースを雪解け道と急な階段の昇降に悪戦苦闘大汗をかきながらも、無事ロシア号に乗車。
車掌さんとの乗車手続き、荷物の置き場所や整理に時間をとられているうち、列車は気がついたらなんの案内も予告なく出発していた。
さすがはロシア。

domingo,11 de marzo buen tiempo
あっけないほど友好的でスムーズな下船手続きの後、昼前、生涯初めてのロシアの大地ウラジオストックを足下に踏むしめる。
そしてこの旅に出発した7日以来初めて靴に履き替える。もはや戸外でも下駄履きは論外。
荒涼たる天地にニコライ風の!?町並みが広がる。ロシアに着いた!その感慨にしばしたたずむ。
ホテル「プリモーリア」は予想外に近代的できれい。後で見かける客層を見ると日本人の定宿のようだ。
ともかく、小生生涯の夢シベリアの旅は始まった。これで死んでも惜しくない。午前中、凍った路面で転倒後頭部を強打するも、厚着と二重に被っていた帽子のせいで軽傷だったのは不幸中の幸い。とはいえ、痛みはシベリア鉄道乗車後3日目ぐらいまで残る。

sabado,10 marzo 0429 日本時間 0529ウラジオストック時間
ルーシー号船中、船内は暖房が効いていて暖かい。未だに下駄履き。
昨日相室と言うことで知り合いになったkitazima君は当然ながら未だ就寝中。
彼は22歳の大学生。昨日デッキであったロシア人に、彼のグランドファーザーと言われて苦笑い。
就寝がかなり早かったせい(午後9時前?)で、スーツケースからパソコンを取り出して旅日記を付け始める。
まず、どんなアプリを使って日誌を付けようかと迷う。2,3試してみてテキストエディットにとりあえず落ち着く。
以上は書き始めるまでの経過。
これから八王子を出発以来の経過を、記憶を辿りながら記す。

viernes,09 de marzo buen tiempo pero furio
「ツーリスト・シアター」案内書に忠実に従い訪ね訪ねてて行った万葉埠頭は、船影のかけらもなく釣り人に糺して間違いらしいと確認。
ロシア号の泊まっている埠頭まで戻る。ごろごろと思いスーツケースを引きずって1時間近い時間と体力のロス。
こいつは出だしから調子がいいや!と、例によってやけくそに開き直る。
伏木は風の強い街。おそらくロシアへの船旅さえなければ永遠に縁のない街。そしてこれからも二度と訪れることがないだろう、日本海の寒村。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

jueves,08 de marzo muy bien amigos
名古屋も街は活気に満ちて、数年ぶりであったご婦人二人も暖かかった。しばし、食堂とカフェテラスの2件で思いの丈を語り合った数時間は、限りなくムイビエン!
ともあり、遠方より訪ね、また楽しからずや!の心境。その後誘われて参加した。スペイン語クラスでは我は唯一の劣等生!
ともが皆 我より上手く見ゆる日よ 寿司を買い来て シベリアに旅行く
でも、TAKASEさんの気配りには感謝感謝。この出来事をバネに飛躍できれば言うことなし。
半年後の奇跡の起こるやいなやはかかって己の精進のみ。
明日多摩アスタマニァ〜ナ!

jueves,07 marzo buen tiempo pero furio
0950例によって、毎度すったもんだの準備の末ほぼ予定通り自宅を出発。
風が強い。今回は半年分の荷物加重で、自宅前からタクシー。
新横浜からは予定していた二本の列車より一本速い列車に乗ることが出来た。
従って名古屋着は1230と待ち合わせには30分以上早く到着。
おまけに新幹線ホームから待ち合わせの朝鮮食堂まで、今までで一番スムーズに到着。
先に入って過ごすにも早すぎるので、店頭にて30分ほど寒風に身をさらして待つ。
その間、風俗系のチラシを手にしたバイト風の若者に何度か誘われる。
1300,予定通りアルジュナ氏登場。例によって二時間ほど飲み喋る。ちょうど一ヶ月前の2月7日彼と会ったときと比べ、
彼の血色が良いのに驚く。彼の術後の経過は予想以上に順調。
朝鮮食堂を3時頃切り上げて、名古屋駅ビルの居酒屋に移動。そこでまた性懲りもなく一杯。
日本での最後の名残を惜しむ。
調子に乗り、事務局のOさんにテレ。しばし馬鹿話。
大谷さん、中老年男二人の愚痴につきあってくれてありがとう。
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by honduras1 | 2007-03-22 07:04 | Espanol

Camino a Espana

lunes,12 de marzo
Hoy mucyo furio pero muy interesante!
Hoy estoy URAZIO SUTOKKU

Después 18 dias a la España.
Después 08 dias a la entrada Helsinki.
Después 06 dias a la España.
Después dos horas por un paseo Ferrocarril Trans-siberiano.

Autes cuatro dias un índice del podómetro.
0312 20000
0311 22468
0310 06105
0309 19025
0308 15846
0307 08698
0306 11261
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by honduras1 | 2007-03-12 17:25 | Espanol

Camino a España

martes,06 de marzo

Después 25 a la España.
Después 15 a la entrada Helsinki.
Después 06 por un paseo Ferrocarril Trans-siberiano.
Después 03 al escape Japonés.
Después 01a la salida de Hachioji

Autes cuatro dias un índice del podómetro.
0306 06285
0305 08590
0304 12437
0303 10888
0302 10366
0301 06173
0228 13513
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by HONDURAS1 | 2007-03-06 05:18 | Espanol