オンドゥーラス好きが展開する気ままな話題


by HONDURAS1
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<   2011年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧

Tel Avivテルアビブ

sábado,30 de abril.Hace buen tiempo.
今日土曜日はユダヤ教の休日。従って、明日日曜日が我々の感覚で月曜日の仕事始めとなる。云うは易く、なかなか意識感覚に馴染むものではない。
そんな訳で、休日のイスラエル時間朝0800、日本から持参のドリップコーヒーヨーロピアンブレンドを日本から持参の金属製カップを使い、日本から持参の砂糖とミルクをいれてゆっくりと味わう。水のみ現地産のミネラルウォーター。

日本から云々を多用したのは、
一両日、ブログにもmixiにも、メールにも日本からのコメントやメッセージが全くないから。
せっかく、バッテリーも十分すぎるほど充電可能な環境にあり、且つWiFiもホテルのロビー迄行かずとも室内でできるという申し分のない状況で、ゆっくりと日本語を味わいたいと手ぐすね引いてipadのあちこちを開いているのに、日本からのメッセージがゼロとは情けない。
この申し分ない環境が、エジプトへ移動してからもあるとは限らないと云うのに。

日本を出立して二十日余り、今一番欲しいのはお金より食べ物より日本語の声と文字です。
仕方がないので、東日本大震災のニュースなど拾い読みし慰めている次第。

思えば、
失敗の第一はベイルート行きの強行。これさえなければ、不愉快なトラベルエージェンシーで過ごした時間と190$の飛行機代。広いだけで欠陥だらけの部屋や嫌なフロント係のホテルに費やした80$。シリアからのバス代、出国税諸々計300$ほどは手痛い出費だった。

何より,
25日にヨルダン入国していれば,二日間のヨルダン休暇を楽しみ,27日水曜日イスラエル入国、28日木曜日Tel Aviv移動、エジプトビザ申請と。余裕を持って,エジプト入国の準備ができたのに。レバノン入国へのこだわりと,レバノン・イスラエル間の交通途絶など,事前の下調べ準備もなく能天気に出かけたのが失敗のもと。自業自得とは云え、この24時間の喪失がエジプト行きを決定的にタイトにした。と同時に,素敵なビーチサイトでもあるTel Avivでの休暇を、ただただ明日の日曜日のエジプト大使館のオープンを待つのみと云う,味気ないものにした最大の要因。

…と、
日本を出て二十日余、諸々の愚痴を精一杯吐き出したから,明日からはまた、気分よく旅ができる事を信じよう。
諸兄、愚痴を聞いてくれてありがとう(^○^)
Hasta mañan!
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by honduras1 | 2011-04-30 14:47 | El Camino a Satiago

Tel aviv

viernes,29 de abril.Hace buen tiempo,también.
いろいろ考えた末、エジプト行きを優先してエルサレムのホテルを早朝0815発。大枚150$を費やした快適なホテルなのでもう少し滞在を、楽しみたかっただが…。
結果、Tel Avivのバスステーションに到着後、必死になってバスタクシーを乗り継いでエジプト大使館にたどり着いてみれば案の定、悪い方の予想が当たって見事にタイムアウト。まだ午前10:40なのに。これで運がよければ、物価の安いエジプトへ05/01には、の目論見は見事に崩れ最低イスラエルに後二日滞在する羽目に。

ベイルート~アンマンエアーチケット190$、アンマン滞在二日ホテル代約90$、エルサレムの豪華ホテル一泊150$そして本日のテルアビブ二泊190$と、そろそろクレジットカードの使用も警戒ライン。
今後出費をよほどコントロールしなければ。

それにしても、昨夜の日本料理「ヤポニカ」の料理はひどかった。中国人が魚をさばいているのだが、まるで牛肉、豚肉をぶった切っているよう。ぞんざいに放り投げ、まるでデリカシーがない。カウンターのケースを覗くと、マグロが棒状に…いわゆる料理用語で拍子木切り……に並べてある。今迄中南米、ヨーロッパ等で寿司を食べたが、ここがおそらく世界で最低。トロも赤みもへったくれもない、手羽先を刻むようにぶった切られ、ドサドサ放り込まれてはたまらない。
そして、最も驚くのは、この寿司とも日本料理とも似て非なる奇妙キテレツな店にひっきりなし客足が途絶えない事である。イスラエル人の舌に絶望!脱帽!!
何ともはや、世界はわからない事だらけ。

Hasta mañana.
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by honduras1 | 2011-04-29 17:51 | El Camino a Satiago

エルサレム

jueves,28 de abril.Hace buen tiempo.Pero lluvia de la tarde.
イスラエルに来て二つの問題解決。切手が買えたこと。ソケットのアジャストも買え、これで充電の苦労が消えた。
ただ、少々高めのホテルに泊まってしまった。その分どこかで節約しなくては。
まあ、たまにはお疲れ様でいい事にしよう。

懸念はエジプトのビザ。明日、テルアビブに行って申請の予定だが、明日金曜日はユダヤ教の半ドン、土曜日が休日。日曜日が通常営業とややこしい事になっているので大変。
明日、午前中に申請できないと、翌々日、05/01申請05/02エジプト入国と、又々綱渡りになりそう。
一日でもらえるのかも不明。

何とかなると思うしかない。
先ほどより雨が降ってます。
Hasta mañana.
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by honduras1 | 2011-04-28 23:24 | El Camino a Satiago

アンマン3

miércoles,27 de abril.Hace buen tiempo,Pero 夜明け前雨が降ったらしい。窓が濡れていた。
全く意思の通じない世界はくたびれる。小生の旅もそろそろ年貢の納め時かも。今後こんな旅を続けて行くのがかなりしんどくなってきた。銀行で長々待たされてようやく10ユーロカンビオできたと思ったら、数m先に両替所とはいつものチグハグ。どこで聞いても結局切手は買えずじまい。世界的にインターネット等の普及で切って需要が減少しているのか、売っている場所がなかなか見つからない。なぜ、絵葉書を売っているところで売っていないのか?これも世界の七不思議!?
こちらはソケットの形状の違いでipadが充電できない。既にバッテリー残量は1/4を切った。後は明日向かう、イスラエルでのソケット形状に希望を託すのみ。なおかつWiFi環境が整っていればベスト!
それがないと,またまたブログ等のアップ更新はしばらくお預けになりそう。

とうとう、アンマン滞在中、誰からもコメントメッセージが得られなかった。ちょっぴりさみしい。
アルコールがタブーのはずのイスラムの国で、ビールを売っていた。謎を追求するより存在に感激。早速二本買い、今夜はヤケ酒?
それでは諸兄
Hasta mañana!
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by honduras1 | 2011-04-28 00:10 | El Camino a Satiago

アンマンより、その2

lunes,25 de abril.Hace buen tiempo,también.
せっかく書いた絵葉書を,ダマスカスを立つ前に出そうか出すまいかと迷う。結局、郵便局探しに手間取ってバスの出発時間を逸しては、とバスターミナル行きを優先。。。。
タクシーでベイルート行きのバスターミナルに着いたのが午前10時前、出発時間を尋ねたらなんと午後2時。こんな事なら,郵便局へ行って切手購入絵葉書投函の時間は充分にあったのに。何ともちぐはぐないつもの通りの旅のミスマッチ。
しかし、チケット代がベイルート迄400シリアポンド。日本円換算で800円前後。信じられない程安い。こんなんで国境超えて,本当にベイルート迄ゆくのかな!?東京~名古屋ぐらいありそうなのに。

国境で出国税550sp日本円換算1100円なり、徴収される。

となると、昨日の空港~ダマスカス市内の1500シリアポンドは、ぼったくられたのかな!?それでも日本円換算3000円、羽田空港~新宿以上の距離があったような印象。
そんな、ナンヤカンヤのチグハグを重ねつつ,4時間、バスの出発を待つことにする。

レバノン入国で一悶着。あちこちたらい回しされたのち小生一人が最後に残り、入国不許可、ダマスカスへ帰れとのご選択。ホテルが予約してなくて、ホテル名も住所も無記入だったのが原因らしい。すでに他の30人ほど同行の乗客は手続きを済ませバスで待機。心配そうに成り行きを見守っている気配。付き添って心配顔の運転手と車掌も、諦めてダマスカスへ帰ってもらいたそうな表情が有りあり。一時弱気な想いがよぎったが、ここで引き下がったら男が廃る。必死に粘って、バスの荷物ケースを開けさせ、リュックからカイロの宿泊予約とパリへのフライトバウチャーを取り出し、渾身の語学力を駆使して説明、何とか48時間のトランジットを取得。粘り勝ち、なんでも諦めたらあかん!の象徴的出来事。小生の粘り、少し雲行きが何とかなりそうな雰囲気になってくると、最後は車掌も応援してくれた。人生と旅とはこれだからエキサイティング!

martes,26 de abril.Hace buen tiempo,también.
何やかんやのレバノン入り、きてみればその努力も全て水泡。結局陸路でのレバノン~イスラエルは不可。陸路でのイスラエル入国はヨルダンからのみ可。レバノン~ヨルダンの陸路も無しだか不可だかでダメ。陸路にこだわるなら、一旦シリアに戻りヨルダン~イスラエルのルートなら可能。

しばし迷ったのち、レバノン~ヨルダンを空路、その後ヨルダン~イスラエルの陸路を取る事に。この辺り、中東の複雑な政治状況が影響、旅人の思うがままという訳には行かないようだ。これも勉強。
ヨルダン&イスラエルのビザをの不所持が、一抹の不安だがまあなんとかなるだろうと、楽観する以外無し。心配して解決する問題で無し、当たって見なければわからない。

今回訪問予定外のヨルダンの首都アンマンににきてみれば、嬉やなんとホテルのロビーにてWiFi通信が可能。
で一挙にメール読み返信、mixi&ブログをアップ。
みなさんからの返信コメントも、今日明日中04/26,27なら見ることができます。
旅先の老人66歳を元気付けるため、ぜひとも暖かいメールやコメントを待ってま~~~~~~~~~~~~す。
今度いつ見ることができるかわからないので。
Hasta mañana!
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by honduras1 | 2011-04-26 23:32 | El Camino a Satiago


martes,19 de abril.Hace mal tiempo,poco llamar.
昼過ぎ、カトマンズのタメラ地区の古本屋に入ったら何とjapanesコーナーも。東野圭吾の「どちらが彼女を殺した」「地球の歩き方インド編」二冊、ネパールルピー500で購入。3、400冊の展示図書のうち、1割ほどが上下逆さまだったので、適時直して置いた。

その後、歩いていたら思いがけず若い女性に声を掛けられる。その後、コーヒーショップで二時間ほど日本のことや旅のことなど話す。彼女ナオミさんは一年の大半を旅、残りの何ヶ月かを日本で仕事。のここ10年のようです。彼女も、数年前お遍路をやっていて、小生のお遍路姿が目に留まったよう!

数十年ぶりに、30年以上若い女性に声を掛けられ、至福の2時間ほどをおしゃべりす。おかげで、恐れていたとおりインド行きのバス停を探し当てたのは、余裕を持って1時間半前の予定が、かなり切羽詰まってチケット受付30分前を切ってしまった。

miércoles,20 de abril.Hac.e bastante bien.
夜明け前、ネパールインド国境着。8時前、双方のイミグレ通過。
インドルピー入手、ネパール通貨+us$で130$ほど。昼過ぎ、東野圭吾「どちらが彼女を殺したか」読了。インド中部にて。
燕京号から頂いてきて重宝して使っていたゴムサンダルをバス車内にて無くす?!……どこへ飛んで行ったんだろう???何事もツキはいつまでも続かなものと諦めるしかない。

juves,21de abril.hace buen tiempo,también.pero やたら埃っぽい!
実質的インド入国であるニューデリー到着は、例によって散々な一日だった。うるさい客引きにとりつかれ、結局それに頼らざるを得ない、異国の旅の不自由さを散々に味合わされた。人は、結局この非日常的不自由さの体験に、惹かれて旅に出るのだろうか!?
 
 その不自由不愉快の究極は、投宿したホテル。何しろ、そのホテル、オーナーらしい男が駅までバイクで送るからと言って大枚400円程を分捕るのに必死になるという輩で始末に悪い。あって当然の以下の室内備品、石鹸、飲料水、歯磨き、歯ブラシ、タオル等々全てなし。ゴミ箱すらなかった。試しに部屋を見せてくれと入った時は、床にペットボトルがゴロゴロで汚れ放題。すでに現地時間昼過ぎで在る。それまで清掃した兆しなし。小生の入室が決まりその後慌てて片付け始める。綺麗に清掃するのではなく、あくまで目立つゴミをとりあえず除去する程度。廊下のあちこちにゴミや清掃用具の汚れたままの塊が放置。その近くのそれら客室からのゴミや清掃用具備品などの収納ケースらしき箱の上で従業員は下着と肌を露出して横たわってうたた寝。サービス業がもっとも堕落したらかく在るべし、というのを見せつけられた想い。

viernes,22 de abril.buen tiempo.
昨日のニューデリ到着以来、散々な日が続いている。いちいち筆に起こすもバカバカしく悲惨で惨めでみっともない自分をさらけ出しているような一瞬一瞬だった。全く情けない旅。
こんな表現で分かってもらえるだろう。そんな訳でともかく、今日中にパキスタンへ、の想いはかなわずアムリトサルの街まで逆戻り。

sábado,23 de abril.Hace bastante calor.
昨夜、アムリトサルへ戻ってからは、少々順調。病院の受付を、ホテルの受付と間違えた以外は。何よりホテルがよかった。日本円で2400円ぐらいになるだろうか!?前日のニューデリーの下町の4500円の、チョー酷いぼったくりノーサービスのUKホテルよりは確実に良かった。そして、宿泊が為らなかった向かいのホテルでのディナーは、一応の高級ホテルでのサービスの体裁をちぐはぐながら供えており、ひととき安らかな旅情を楽しませてもらった。
 そして本日!
カトマンズのナオミさん以来のラッキーなひと時。インドパキスタンのイミグレを通過中、ほとんど二人きりだったので、対応の散漫ぶりを目で冷笑しあっているうち突然日本語で話してきた。名前こそ教えて貰わなかったが、かって英語教師として日本の山形方面に二年程滞在経験ありとかの30代ぐらいのイギリス人女性。なんの交通手段も用意されていない茫漠たる辺境での入国、観光客目当のたかりグループが手ぐすね引いている状態に、また奴らとの交渉にどう対処しようかと暑さと埃の中で途方に暮れる寸前、

彼女の「ラホール空港まで行く迎えの車を頼んであります。良かったらご一緒にどうですか?」の誘いに内心大喜び。まさに干天に慈雨地獄に仏とはこのこと。

そこで日本男児!!としての矜恃を保ちつつ、「私は危険人物かもしれませんよ、あなたのような若い女性に初対面の私の様なむさ苦しい初老男が同行して構わないのでしょうか?」というような文意で慎重に誘いを断わられない程度に遠慮を示し、かつ内心同行が叶うことを願った。期待違わず快く応じてくれ、同地からラホール空港までの車中、イスラマバード迄の空路は至福のひと時だった。おかげで一時間程の機内、気の緩みからうたた寝してしまい機内食を取り損ねてしまったのはご愛嬌(^。^)
出会いの自然さを損なわぬ意味からも、何がなんでも可能な限り陸路!我がたびのポリシー一時放棄しての空路でのイスラマバード入りは正解だったと思う。ちなみに空路一時間の値段は、日本円換算4000円ほど。

domingo,24 de Abril.出立時間が0400と早すぎて、天候不明
パキスタンは、国境とイスラマバードのほんの一部を見ただけで次の目的地シリアのダマスクスへ。延々二時間半にも及ぶ登場手続きを経た上での機内でちょっとしたラッキー(^○^)…なんてことはなかった。
乗り継ぎ待ちのアブダビで、ダマスカス便が二時間半の遅れとなり都合、5時間余の待ち時間をコーヒー二杯で過ごす。計10$。アブダビの物価は高い。日本並み。パキスタンで節約して残した150パキスタンルピー=150円ほどは、当地では紙くず。

シリアの首都ダマスクスでの一夕は悲喜こもごも。ホテルはそこそこに清掃も行き届いて快適!と思っていたら、バスタブのお湯が赤錆だらけでがっかり。街の佇まいは落ち着いていてそれ程汚れてはいない。ただ喫煙率が異常に高いのには閉口した。アルコールが宗教上のタブーの反動だろうか!?男性の喫煙率は推定というか印象では、9割を超える。その他に日本でいう喫茶店にわざわざ水タバコを吸いにくる。女性も結構吸っていた。そして,あらゆる種類の売店に,女性の売り子やウエイトレスの類を見かけない。女性用品やドレス売り場も全て男性店員。アラブ色区の女性の顔を覆う,スカーフ売り場も男性。唯一例外的に見かけたのはファーマシーの薬剤師。
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by honduras1 | 2011-04-26 23:16 | El Camino a Satiago

チベット脱出!

Viernes,08 de abril.
結局、三宮で朝食を取らずにポートターミナルできたのが運の尽き。さきイカと水のみで乗船、夕食まで空腹をかこつハメに。
おかげで船内のレストランで少々自棄食い、自棄飲みで些か散財。
以後その分、カップラーメン等で自粛。中国語学習中のK氏と知り合う。天津北京方面の情報等聴き出す。なんとか為りそうな希望。
以後、何時の間にか渤海湾は雨。終日続くも穏やか。

sábado,09 de abril.Hace bastante mal tiempo.
一日穏やかなるもかなりガスが濃く視界が悪い航路。デッキで陽光を楽しむには程遠い天気。食ったり寝たり読書少々の一日。日本語教師のI氏と知り合う。天津駅へは昨日のK氏もま交え三人同行ということに為りそう。
この日の収穫は風呂。数人ゆったりと足を伸ばせるかなり深めで湯量たっぷりの浴槽を、1時間程独占で来たのはチョーラッキー!かの国のかの人々は日本人程風呂に執着しないのかも、其の間やっと出がけに一人入って来たのみ。オマケにサウナ付きでこちらも独占。昨日のやや不本意を一気に取り返した感じ(^。^)。本日は、無料の朝食を除いて昼夜食共にカップ麺とビールで過ごす。運動不足にはちょうど良いカロリー!

domingo,10 de abril.Hace buen tiempo.
なんとも忙しい一日だった。とは言え、K氏の尽力により遂にやっととうとう念願の“青藏列車”に乗ることができた。時に2011年4月10日、北京時間午後8時!
燕京号下船時は本当にイライラした。到着そのものが2時間以上の遅延。その上、上陸手続きに散々待たされ、我が生涯始めての記念すべき中国大陸上陸は午後5時と、青藏列車発車まで3時間しか無い。天津港でのタクシー交渉、天津~北京市の新幹線チケット購入、北京の旅行社への遅延の連絡等々、どれ一つとってもK氏の支援なくせば為し得なかった。誠に得難い船上での友。感謝感激という言葉はこういう時のため。又、彼に初対面時船内レストランでご馳走した1000円なにがしの元は十分に取れたことになる。新幹線であっという間に北京南駅到着。東京ドームの数倍は間違いなくある駅構内をやっとこさくぐり抜け、駅頭の馬鹿高いぼったくりタクシーを振り切って通りまで歩きやっとタクシー乗車。多分、駅待ちの数分の一の料金だろう。hondurasでも良くやった手。山水旅行社でのチケット受け取り、北京西駅到着まで神経をすり減らす分刻みまさに綱渡りのスケジュールを消化克服、荷物検査等を経て待合室の電光掲示板の約50分前の表示を確認してやっとホッとする。誇張ではなく、命拾いした思い。

lunes,11 de abril.Hace buen tiempo también.
 北京天津の発展ぶりはともかく、鉄道でしばらく行くと景色は一変。悠久の黄土大地は限りなく中国の地表の涯て碧空に迫る。至る所に建設の槌音と変化への躍動を感ずれども、そこには千古不易の中華の佇まいがある。夏周、春秋戦国、秦漢、隋唐、元宋…清帝国と、脈脈と続く中華文明を培った大地である。毛沢東の共産主義も胡錦濤の経済発展した中国も、詰まるところこの黄土大地の産物でしか無い。
私の見た中国観は書物と雖も、眼前にするとも微動だにしない。諸賢、見誤る事なかれ。
2500年の時空を経てもペキラに入水した屈原の屈辱への思いを彷彿。

martes,12 de abril. Hace buen tiempo.
青藏鉄道三日目の朝、軽微な高山病!?のせいか定かではないが幾分頭痛気味で気分悪し。マニアル通り散歩したりことさら深呼吸に務める。そろそろチベットに入ったようで、海抜は4000m前後だろう。最高地点の5067mは未知の領域。
青藏鉄道は、列車や、路線自体は未だ新しいせいでしっかりしているのだが、トイレが不足分気味で汚いのには閉口。オマケに水周りのメンテナンスが悪く、漏水と清掃が行き届かないのとで、トイレや洗面所周りが終日水浸し。こまめな清掃を手抜きして、厚手の絨毯で誤魔化してあるが汚水が染み出しビショビショで不愉快極まる。
あと、7時間半(時差を無視すれば…面倒で計算してない)いよいよチベットの首都ラサ着。
よくワカンないのだが、現地時間午後2時ついにチベットの首都ラサに到着。わずか二日間の滞在、そしてもう二度とくることはないだろうチベット。それにしても、日本の四月と変わらない陽気には驚いた。日本の正月の気候と覚悟して来たのに、とんだ当て外れ。何のための厚手のセーター、股引、富士登山用ジャケット。全く、宝の持ち腐れというか骨折り損のくたびれ儲け。これも地球温暖化の成せる技か!?海抜3600m、どうしても富士山頂並みの気候を予想していた自分が悪いのか。
ガイドの田久さんとめでたく邂逅。ホテルへの車中、中国インタートラベルの小林さんと携帯でことの顛末、無事到着の由などを話す。世界の秘境!チベットと大阪とが直に携帯電話話せるとは!何とも住み辛い世の中になったものよ。

miércoles,13 de abril.Hace buen tiempo.
今日も日本の花見の気候。何とかならない~!! 地の涯てチベットまではるばる来てこの陽気では話にならない。
昨夜予定通り、高山病の症状。何とか三時間程気分を害しただけクリア。午前中、ガイドの田久さんとラサ観光の定番、ポタラ宮見学。100元。例によって、観光名所は取り敢えず行っておく程度の気持ちなので、田久さんの熱心な説明も上の空。と思っていたら、田久さんの口から河口慧海の名が飛び出したのには驚いた。頃を見て自分から切り出そうと思っていたので……。河口慧海の命日は1945,02,24。そして、私の誕生日が何を隠そう1945,02,24。これ以上の仏縁があろうか!これが又、今回の旅の動機の一つでもある。
中国の24時間ニュースCCTVの毎時間ごとのトップニュースが、福島原発の事故レベル7“昇格”とは驚き且つ最悪。何より、その関心の高さは日本での想像以上!あの映像・字幕を見せられたら、日本へ出稼ぎに行っている子の親が「早く帰って来い」というのも納得が行く。日本列島チェルノブイリ化と言っても、過言ではない。何より世界はそう見てる。

jueves,14 de abril.Hace buen tiempo también.
チベットの都ラサに来て三日目、これからチベット第二の都市シガチェに向かう。行程300km、途中の峠は5000m近い標高になりそう。それにしても、何度もくどい感想だが日本の桜の季節と変わらない陽光には、驚きを禁じ得ない。冬支度は全く無用。昨夕、ガイドの田久さんに不要となった厚手のセーターをあげたら、想像以上に喜ばれた。もともとネパールとの国境で、別れの際にあげる予定だったが、田久さんが都合で同行出来ず、急遽昨日となった次第。

viernes,15 de abril.Hace poco mal tiempo.
今日は散々なん日、一日薄ら寒く昨日のシガチェのホテルも、一見豪華だが電気もバスも一定時間まで使えず、それでも何とか寝るまでに洗濯を済ませた。今日は今日で到着したテンリーのホテルは砂漠の中の一軒家、茫漠たる高原に打ち捨てられたような…水も電気もままならない…ホテル。全てに興味を失い不貞腐れて寝て居たら、後着した日本人団体客との歓談の機会を逸す。ガイドとのコミュニケーションのミスマッチのせい。

sábado,16 de Abril.Hace bastante frío  tiempo.
チベット到着4日目、本日は昨日逸したエベレストと遠望に望むも遠すぎてものにならず。5400m我が人生最高到達地点にてお遍路姿で撮影、化石を一個20元で取得、小石2個拾ってお土産としお茶を濁す。氷点下4℃素足に下駄は寒かった。

domingo,17 de Abril.Hace bastante calor.
11時ごろ、念願のネパール入国。45番目の外国。期待通りのローカル色で旅の醍醐味を満喫。何より、息が詰まるような中国、チベットからの開放感がたまらない。カトマンズまでのバスチケット購入からバス出立待ちの間、食堂に入りipadを取り出すと大受け、質問めに会う。未だインターネットは通ぜず。
と、そんな気分を楽しんでいる間に、まんまとお金を取られる。やく36000円なり。

lunes,18 de abril,Hace mal tiempo.Pero bastante calor.
インド行きのバスチケット購入。2800ネパールルピー、日本円でちょうど3000円ほど。こんなもんでインドのデリーまで、行けるのな!?それだけに、昨日の盗難36000円が身から出た錆の不注意とはいえ、残念でなりません。
中国チベットでは当局の縛りがきつく、なかなかインターネットが出来ませんでした。
昨日17日ネパール入りしてやっと自由に為りました。

今は、ホテルのロビーでのWi Fi環境が使えて、ipadから日本語入力できますが、先ほどまでは街のネットカフェからの打刻で、日本語フォントが使えなかったので、止むを得ずローマ字入力としました。これからも、そのような環境での伝言もあるかと思いますが、よろしくお願いします。
臨機応変の対応を期待します。

Hasta mañana.
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by honduras1 | 2011-04-19 00:49 | El Camino a Satiago

神戸、燕京号

Viernes,08 de abril. Hace poco mal tiempo.
神戸は曇天。ほぼ予定通り0630過ぎ到着。いよいよ旅本番。
カップコーヒー100円、ミネラルウォーター110円。途中のSAにて。
0750ポートライナーにてポートターミナル着、200円。
0900の受付開始まで十分に時間が在ったので、付近の写真を撮ろうとカメラを構えたら無反応?
どうやら、家を出て以来スイッチオンになっていたようだ。電源を探し、自販機のソケットに空きが在ったので拝借。一時間あればなんとか、後は船内で充電できるだろう。

Indice de podometro
0407 10200
0408
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by honduras1 | 2011-04-08 06:22 | El Camino a Satiago

前日

Jueves,07 de marzo. Hace calor poco.
とうとう前日というか、当日というか。出発の日が来てしまった。東京を出るのが出発とすれば今日が出発。日本を後にするのが出発とすれば、明日8日が出発。どうでも良いようだが、ともかく旅立ちの日が来た。なんともイマイチのテンション。期待も不安ももっともっと迫ってくるものが在っても良いのだが、全然盛り上がらない。
とりあえず出かけます。
中国へ、チベットへ、インド、シリア、エジプト……El camino de Santiagoへ。
夕食 鮭と鯖のバッテラ780円、お茶150円。自宅へ公衆電話からテレ20円。文藝春秋の5月号と6月号の購入依頼。

Hasta mañana.
Indice de podometro
0407 10200
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by honduras1 | 2011-04-07 21:03 | El Camino a Satiago

福島行き

Viernes,01 de abril.Hace buen tiempo.
東北道、10:00時少し前栃木県に入る。陽光麗か気温が15℃以上なのは明らか。気分は快適。この先にあの大災害が在ったとはとはとても信じられない、いつも通りの長閑な車窓。あと3時間、福島の景色はどんなだろう。

出発時少々トラブル。単にクレジットカードの控えと思って家に置いて来た切符の控えの様なものがないと乗車できないとのこと。よって、改めてチケット購入の羽目に。先の控えが出て来れば返金してくれるとの事だが、とんだ二重手間。ま、とにかく乗車進行となった事でmas....

考えたら、
三月はこのブログとは一切ご無沙汰。本来なら、チベット、スペイン行きに向けてカウントダウンの最中なのだが、今回はどうにもそれに向けてのテンションはイマイチ。ようやく四月になってスタート、遅まきながらのカウントダウンとなった次第。

正午前、白川辺りから急に速度ダウン。路面が随所で波打っている様で、振動が座席を通して明瞭に自覚出来る。白川以北一山いくら。かって都人が蔑んだ奥州の地に入った。とはいえ、未だ地震の爪痕を明確に視認出来る瓦礫や亀裂などは顕著ではない。長閑すぎる気候は眠くなる程。
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by honduras1 | 2011-04-01 10:16 | 徒然日記